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晴れた日曜日 [雑事]

2019-10-13T17:14:20.jpeg
今日は自治会の組長の仕事である、配布物や回覧物を配った。
上からは、各戸への配布物と各班の回覧物がドサっと、やってくる。
それを各班の人数別に分けた後で、班長宅へ届けるのが仕事だ。

届けに行くと、色々な家庭の横顔が見えてくる。

ある御宅は、小学生向けの自転車があり、初めて行った時には、そのお母さんらしき人が出てきた。次の時は、そのおばあちゃんくらいの歳の差に見える人が出てきた。遅くに授かった娘さんなのかなぁと思っていたが、今日はその間の年齢風の男性が出てきた。
4世代で住んでいるのかなぁと思った。

また、ある御宅には、きれいに洗濯物が干してある。しかし、この御宅は、長年、いつも夫婦で見かけたものだが、奥様は他界された。
道ですれ違っても、しばらく御主人は、沈痛な面持ちだった。
洗濯物が干してあると、お元気なんだろうなと思う。

その隣に住むおばさんは、郵便箱をガタガタさせるだけで、出てきて、世間話が始まったりする。息子さんの結婚が待ち遠しいらしい。

道端のススキも冬支度かな。
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やはり [雑事]

週末に用事を詰めすぎていると思う。
後悔している。

もっと自由な時間が欲しいと思ううう。
。。。。。
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目の前を通る人 [雑事]

1日を過ごすと色んな人がいる。
普段、言葉を交わしている人でも、新たな発見があることもある。
目の前を通り過ぎるだけの人もたくさんいる。
そう言う人も目の前を通り過ぎるだけでなく、言葉を交わせば、更に新たな発見があるのだろう。
言葉を交わせば、必ず新たな発見があるのだろう。

そう思うと、目の前を通り過ぎる人たち全てと話したくなる。
でも、声をかけて、面倒なヤツだと言う発見がある場合もあるかもしれない。
それだって、声をあげなければ、知らない人で終わるのかも知れない、かと思うと実は違うのかも。
「見ず知らずの人」という表現があるように、見てしまった人は「見ず知らずの人」には該当しない。
見てしまった以上、自分もその人に積極的に関わるべきだと思うのがごく自然なのが当たり前で、だからこそ、そんな言葉があるんだろうと思う。

だから、言葉をかけあって理解が深まるのだと思う。
そして、だからこそ、逆に言葉をかけない事、無視する事がイジメ、迫害と同義なんだろう。

最近、通勤電車の混雑の中、鉄道事故のために、普段より長時間の缶詰めになった。
みんなが我慢の時間だ。
そんな中、背後で気分が悪くなってしまった人がいた。
振り向くと、社会人だけど、若い男性だ。
周りの視線は冷たい。「若い男性の癖に情け無い。」
本人は必死なのに、よくもそんなに冷たくできるものだと思う。
見ず知らずでは無いはずなのに。。。
でも、確かに缶詰で身動きも取れない。彼にまともに顔も向けられないけど、「大丈夫ですか?」と言ってみる。
すると、彼は少しは気が楽になったのか、「大丈夫てす。」と声が出た。そして、「でも、少し座らせて下さい。」と言って、しゃがみ込んだ。
それだけでも、回復できたのだろうか。悪化する兆しはなかったので、座席を譲ってもらう声はかけなかった。
私が言わずとも、彼に席を譲ろうと言う人は居ないんだなぁと思った。
でも、きっと見ず知らずの振りをした人達は、罪悪感を持った筈だと思う。
ならば、そんな気持ちは溜め込まずに、吐き出して、譲る手立てをすれば良いのに。
そして、それは、結果的に無理だったとしても言葉だけでも発すれば、良い事なのにと思う。

残念だと思う。
仮にその人が目の前通るだけの人であっても、その人へのいたわりの気持ちは持っていたい。

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